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『エンブリオ』帚木蓬生~医療の進化へ警鐘を鳴らす~【あらすじ・感想】

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『エンブリオ』あらすじ

エンブリオ ―それは受精後八週までの胎児。天才産婦人科医・岸川は、人為的に流産させたエンブリオを培養し臓器移植をするという、異常な「医療行為」に手を染めていた。優しい院長として患者に慕われる裏で、彼は法の盲点をつき、倫理を無視した試みを重ねる。彼が次に挑むのは、男性の妊娠実験……。神の領域に踏み込んだ先端医療はどこへ向かうのか。生命の尊厳を揺るがす衝撃の問題作。 — 本書より引用

読書感想

エンブリオとは?

本作品ではじめて耳にした「エンブリオ」。

作品から引用する。

エンブリオは受精二週以降の受精卵のことだ。それ以前はプレ・エンブリオと言っている。 — 本書より引用

本作では、さまざまな医療に関わる問題が語られるが、それら問題に「エンブリオ」が大きく関わっている。

婦人医療の現状と問題点を抉り出す

医療と言えば大病にまつわる死にゆく状態との闘いに注目が集まりやすい。生命の始まりに関わる産婦人科、またはその母体を支える婦人科は一段低く見られる傾向があるらしい。

そんな現状に対し、古い体質から抜けられない学会に縛られること無く、産婦人科を中心に他の科を展開し生命の始まりを起点とする病院を立ち上げ、主人公の医師は奮闘する

すごく説得力があり、素晴らしい志だと思うのだが、その実は非常に違和感を覚える。

エンブリオを利用した恐ろしい企み

日本では、年間100万もの命が誕生する一方で、その倍以上の生命が中絶という形で短い一生を終える。

中絶したエンブリオは、通常医療廃棄物となるがこの病院では解体され、各臓器類はファームと呼ばれる病院の地下で培養され、やがて臓器移植のドナーとなる。

さらに主人公が進める取り組みは、中絶したエンブリオに頼ることのない供給源として、男性にエンブリオを移植し、成長を促す実験に取り組む。

対象となる男性は、仮に失敗に終わり命を落とすリスクを考慮し浮浪者である。臓器移植においては、手技よりもドナー不足が問題になることが多いようだ 。

我が子の命を救ってほしいとすがりつく家族の叫びと、それを救うためにどこまでも突き進む医療技術。

この2つを生々しく叩きつけられ、凡人である自分などは呆然と立ち尽くすのみである。この他にも、日本のゆるい法律の盲点をつく医療を施すシーンが多々あり、衝撃を受ける。

主人公の野心は、本作の続きとなる次作「インターセックス」へと続いていく。

『インターセックス』 帚木蓬生 ~多様な性について言及した2008年出版作~【読書感想】

あらすじ 「神の手」と評判の若き院長、岸川に請われてサンビーチ病院に転勤した秋野翔子。そこでは性同一障害者への性転換手術や、性染色体の異常で性器が男でも女でもない、“インターセックス”と呼ばれる人たちへの治療が行われていた。「人は男女である前に人間だ」と主張し、患者のために奔走する翔子。やがて彼女は

医療と倫理のせめぎ合い

とどまることを知らない医療の進化への警鐘を聴く思いとなるのだが、誰が正否を判定できるのかわからない。

もはや政治や司法では判断できない領域であり、宗教といった人間が畏怖を感じるものでないと議論できない問題なのではないかとも思う。

その点、大きな宗教が無く、一定の力があれば法の鎖も効かない日本においては、どうなっていくのか想像しただけでも恐ろしい。

子どもを産み育てたいという気持ち、死の淵から人を救いたいという思い、医療の存在について深く考えさせられる作品だった。

著者について

1947(昭和22)年、福岡県生れ。東京大学仏文科卒業後、TBSに勤務。2年で退職し、九州大学医学部に学ぶ。現在は精神科医。1993(平成5)年『三たびの海峡』で吉川英治文学新人賞を受賞。1995年『閉鎖病棟』で山本周五郎賞、1997年『逃亡』で柴田錬三郎賞、2010年『水神』で新田次郎文学賞を受賞した。2011年『ソルハ』で小学館児童出版文化賞を受賞。2012年『蠅の帝国―軍医たちの黙示録―』『蛍の航跡―軍医たちの黙示録―』の2部作で日本医療小説大賞を受賞する。『臓器農場』『ヒトラーの防具』『安楽病棟』『国銅』『空山』『アフリカの蹄』『エンブリオ』『千日紅の恋人』『受命』『聖灰の暗号』『インターセックス』『風花病棟』『日御子』『移された顔』など著作多数。 — 本書より引用

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