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『翳りゆく夏』 赤井三尋 【あらすじ・感想】

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あらすじ

大手新聞社「東西新聞」に内定が決まった少女は、二十年前に誘拐事件を起こした犯人の娘だった。『誘拐犯の娘を記者にする大東西の「公正と良識」』二十年間止まっていた時間が、週刊誌のスクープ記事をきっかけに動きだす。今や古い記憶の彼方となった事件の真相をめぐるミステリー作品。

読書感想

文字を追っていくと、一向に人物が見えてこず、ただ薄くストーリーだけが頭のなかを流れる作品がある。

一方で、人物の言動から息づかいを感じ、気が付くと物語の中へ取り込まれてしまう作品がある。

確かに、読むときの気分や体調による影響もあるだろう。

しかし、読み始めてすぐ、本作は確実に後者であると確信した。

二十年前、二人の男女が病院から赤ん坊を誘拐し身代金を強奪、交通事故を起こし命を落とす。

誘拐された赤ん坊は発見されず、そのまま事件は人々の記憶から消えていった。

二十年の時を経て、週刊誌のスクープにより犯人の娘の現在が、人々の知るところとなる。

東西新聞に内定していた少女は辞退を申し入れ、新聞社側は社をあげて説得にあたる。

一方、葉山の大邸宅で暮らす東西新聞社の社主は、事件を洗いなおし事実無根を突き止めよと無理難題を社長に命じる。

社長は、当時事件の取材にかかわり、今は窓際族となっている社員に調査を命じる。

ここまでが、序盤で語られている内容だ。

ぼやかすためにあえて名前を出さぬように記したが、作中では登場人物たちのありようが濃密に描かれている。

しかしながら、この後の展開は事件の真相の意外性で盛り上げていくのだろうと想像がついてしまう。誰もがそう気づくだろう。

当時事件に関わった元刑事は真犯人がいる可能性について、調査を始めた元記者に対してこう告げる。

そう、万に一つの可能性もない — 本書より引用

だが全くのゼロというわけでもない — 本書より引用

そういう話だ、と、著者はあっさりと描写する。

話はまだ始まったばかり、ページをたっぷり残している。

種を明かして読ませるほどの自信はいかほどか、こちらの読書熱を駆り立てる。

そして元記者は当時の関係者を訪ね歩き調査を進めていく。

ここからが長く本編と言える。

犯人、被害者、警察、記者、目撃者、それぞれの家族。

大きな事件は、関係する者すべての人生に強い影響を及ぼす。

序盤を終えて始まる本編は、それだけ大きな影響を受けてしまった人々の、二十年という年月を知る物語である。

著者は、細部にわたって描写し、こちら側に彼らの人生を読ませる。 それはとても重く心に残るものだっった。

これ以上、後半を駄文で語るとせっかくの作品が台無しになってしまうので、とくに印象に残っている箇所を引用して終える。

千代さんという、東西新聞の人事厚生局長宅で、父子家庭の彼らを世話する家政婦が登場する。 彼女がよく口にする言葉だ。

目の不自由な人の気持ちは目を閉じただけでは分からない — 本書より引用

本書を読み終えて、この言葉の意味するところがふと頭に浮かんだのである。

言葉通りの意味もあり、また登場人物たちの立ち位置をすみ分ける意味も含む。

久々によいミステリを読むことができて幸せだ。

メモ

感想とは関係なく、あまり聞き慣れない言葉があったのでメモ。

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