『異常とは何か』 小俣和一郎 【あらすじ・感想】
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本書の概要
精神医学を根底から問い直す画期的論考!人類は狂気とどう向き合ってきたか。自殺の主因を「うつ病」に求めていいのか。健康ブーム、アンチエイジング医学に潜む危険な兆候とは──〈異常〉と〈正常〉の線引きを歴史的に検証し、人間の精神とはなにかを改めて考える。 — 本書より引用
読書感想
タイトル買いしたこの本
非常に興味深く大変身近だと感じるテーマだ。
誰しも集団や組織において相容れない違和感のようなものを感じることがあると思うのだが、自分も子ども時代にこの違和感のようなものを意識するようになってから異常、異端などマイノリティー的なものに対する興味を抱くようになった。
著者は精神科医であり、精神科医としての視点や歴史的観点を交えながら「異常」について論じている。
大まかにかいつまむと、異常とは多数派の中で醸成される異端的なものであり、対象はその時代における価値観によって大きく変化し時には正常から逆転する流動的なものとしている。
歴史から見る異常
歴史上の例としては魔女狩り、ホロコーストなどを例に引いている。
魔女狩りについては、子を宿すことを神聖と崇めた「女性信仰」の時代に権力を持っていたシャーマンなどが、女性に対し処女性を求めたキリスト教の勢力拡大により魔女として排除されるようになった正常から異常への逆転の例として解説している。
ホロコーストについては、現場で任務についていた人物たちの多くに反ユダヤ思想がなく勤勉で職務に忠実であるメランコリー型の傾向が見られることなどから、正常を極度に推し進めた結果としての異常という例として示している。
正常と異常は両極に存在していると思いがちであるが、ホロコーストの例などから一概にそうではないことがわかる。
医学的に見る異常
著者が本業とするところでもあり、かなり詳細に書かれている。
精神的な異常を「病」と定義することで治験が成立し、製薬が可能となる経済的都合など、さまざまな精神疾患が溢れている現状にいたる流れを丁寧に説明している。
また風邪などの疾患と異なり個別性が濃い精神疾患を大まかに診断、投薬する現代精神医学への警鐘も述べている。
ここの下りは現代における「異常」を理解するための多くのヒントがあるように感じた。
現代における異常と原点回帰
昨今「ダイバーシティ」という言葉が用いられるなど多様性を重んじる傾向は少しずつ広がっているのかもしれない。
そこでふと思ったことがある。もともと生命は過酷な自然環境において多様化することで生存を図ってきたが、人間はその歴史において宗教や経済思想を産み出し、その中で「異常」を見出し同一化を目指す流れを強めてきた。経済合理性から人工的に同一化を図ってきたとも言えよう。
70億までに膨れ上がった人類は、同種を限られた資源で生存させる知恵として現代の資本経済や精神医学が発達してきたように思うのだが、多様化が生命本来の自然行為であるとすればそれらは反自然とも言えるものでそろそろ無理が生じてきたのかもしれない。
「ダイバーシティ」などの流れは「そもそもみんな違ってあたり前」の世界へと向かう原点回帰なのかもしれない。
著者について
小俣和一郎(おまた わいちろう)
一九五〇年、東京都生まれ。一九七五年、岩手医科大学医学部卒業。一九八○年、名古屋市立大学医学部大学院修了。医学博士。一九八一年 ― 八三年、ミュンヘン大学精神科留学。精神科医・精神医学史家。上野メンタル・クリニック院長。著者に『ナチスもう1つの大罪』『近代精神医学の成立』(以上、人文書院)、『精神医学とナチズム』(講談社現代新書)、『ドイツ精神病理学の戦後史』(現代書館)『精神病院の起源』『精神病院の起源・近代篇』(以上、太田出版)、『精神医学の歴史』(第三文明社)など、訳書にセレニー『人間の暗闇』、フォン・ラング『アイヒマン調書』(以上、岩波書店)、共訳書にグリージンガー『精神病の病理と治療』(東京大学出版会)などがある。 — 本書より引用
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