『震度0』横山秀夫【あらすじ・感想】
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『震度0』あらすじ
阪神大震災の朝、N県警本部警務課長・不破義人が姿を消した。県警の内部事情に通じ、人望も厚い不破が、なぜいなくなったのか?キャリア、準キャリア、叩き上げ、それぞれの県警幹部たちの思惑が、複雑に交錯する……。組織の本質を鋭くえぐる長編警察小説。 — 朝日新聞出版より引用
読書感想
背景と概要
硬直した警察組織機構における頭脳集団であるはずの幹部たちが繰り広げる無様な人間模様と微かな希望を描いた作品である。
映画「クライマーズ・ハイ」や、テレビドラマ「64」など、著者の作品が原作である映像を見る機会はあったものの、小説を読む機会はこれまでなく今回が初となる。
物語は阪神大震災が起きた日の早朝、震源地から700キロ離れたとある地方警察の幹部たちそれぞれの様子を描写したところから始まる。
同じ敷地にある警察幹部たちの官舎ではさまざまな朝があり、ここで描かれた様子がその後のそれぞれの行動を暗示しており、ここで登場人物のキャラクターを掴んでおくと後が読みやすくなる。
また、警察組織あるいは官僚機構特有の背景が分かっていると掴みやすいかもしれない。
私もそう詳しくはないが、中央で警察官僚として採用されたキャリア組は、地方警察の要職を転々と渡り歩きながら出世街道を突き進んでいく。一方、地方警察には地元で採用を受け叩き上げでのし上がってきたノンキャリア組がおり、彼らは互いに牽制し合うのがよくある話で、本作ではさらに中央からやってきたキャリア同士が足を引っ張り合うという残念な展開となる。
感想詳細と読みどころ
震災の朝に幹部たちが登庁すると、幹部の一人である不破警務課長が行方不明であるとわかる。彼は組織の要として汚れ仕事も淡々と担う仕事人であり、彼の失踪は組織の汚点であるだけでなく、彼を頼りにしていた上層部にとってはまた別の問題もある。
震災、そして幹部の失踪、これらが残された幹部たちの人間性を露にする仕掛けとなる。
そして彼らが起こした行動は……。
保身と混乱に乗じた抜け駆けの画策である。
将来長官ポストに座るということは、任官から退官までの長い年月、組織内で一度も敗北を喫しないことを意味する。負けられない人間。負けてはならない人間。冬木は多分に帝王学を意識して自らの言動を決しているに違いない。 — 本書より引用
これはキャリア組の一人、冬木刑務部長が巡らせた思いを引用したものだ。この深刻な状況で何なんだコイツはと思うが、全員がこの体たらくである。
本作品を私は2つのことを思い出していた。
1つは、近代史小説などに描かれている、太平洋戦争の末期に2つの原爆を落とされ大混乱のなか、陸・海軍の幹部たちはポツダム宣言受託のその瞬間まで責任逃れの議論を重ねていたという話。
もう1つは、以前いた職場における上司たちの様子。紛糾した会議でずっと口を閉ざしていた上司が突如私に笑顔で「思いついたよ」と言い、何を思いついたかと聞けば反目する部署に責任を擦り付けるロジックのことで、何を必死に考えていたのかと呆れ果てた思い出である。
男の人たちの本性というか本音のようなものがよく見えてきて、自分だけがよければいい、自分の仕事だけうまくいっていれば後のことは知らない。結局は保身と野心だけ……。 — 本書より引用
夫の失踪により残された不破夫人が警察幹部たちにぶつけた言葉の引用である。
悲しいかなこれが現実だ。また日本の官僚組織に限らず、人間が集まる場所であれば世界のどこでも起こっていることであり、距離だけでなく時間も同様、過去の歴史やまだ訪れていない未来においても、そこに人間の集団がある限り当たり前のように起きうることなのだと思う。
だが、人間性がぶつかり合うことでいくつもの物語が生まれ、そしてこれを繰り返すことで人類史が刻まれてきたことを思えば、こういった人間の修正は嘆くばかりのものではないと思える。
なにより小説がおもしろいのも人間の持つその習性あってこそである。
著者について
横山秀夫(よこやま・ひでお)
1957年東京生まれ。国際商科大学(現・東京国際大学)卒業。上毛新聞記者を経て、作家として独立。「陰の季節」で松本清張賞、「動機」で日本推理作家協会賞短編部門賞を受賞。主な著書に『半落ち』『クライマーズ・ハイ』『出口のない海』『ルパンの消息』など。 — 本書より引用