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『春を背負って』 笹本稜平 【あらすじ・感想】

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あらすじ

先端技術者としての仕事に挫折した長嶺亨は、山小屋を営む父の訃報に接し、脱サラをして後を継ぐことを決意する。そんな亨の小屋を訪れるのは、ホームレスのゴロさん、自殺願望のOL、妻を亡くした老クライマー……。 美しい自然に囲まれたその小屋には、悩める人々を再生する不思議な力があった。心癒される山岳小説の新境地。 — 本書より引用

読書感想

読みどころ

  • 美しい奥秩父の山々、夏の訪れを告げるシャクナゲのお花畑、自然の魅力が盛りだくさんの小編連作。
  • 昨日まで他人同士であった人々の人生が山という特別な場所で交わるときに起こる感動を深く味わうことができる。
  • 都市部での生活や人間関係に疲れを感じてる人には最高の清涼剤になること間違いなし。

季節によって姿を変える山の景色を堪能できる

本作は山梨県と長野県の県境に位置する甲武信ヶ岳という山の近くにある山小屋が舞台の山岳小説である。

東京で技術者として働いていた長嶺亨という青年が梓小屋という山小屋を経営していた父の訃報を機に後を継ぐこととなった。

父の世話になったゴロさんという、シーズンオフは東京で浮浪者をやっているという風変わりな年配の男を相棒に、山小屋を訪れる人々とのふれあいの物語だ。

春の山小屋を開けるところから一年を通じて奥秩父の自然と山小屋の様子が丁寧につづられており、目に浮かぶ自然の姿に胸がいっぱいになる。

穏やかな花畑に彩られた景色、そして厳しい一面を見せる自然の色とりどりの姿は都会で生活する私のような者には憧れの要素が濃いものに映る。

それぞれがそれぞれの人生を背負って山を訪れる

ゴロさんがとにかく印象深い人物で、主人公を凌駕するインパクトがある。

ゴロさんは偉そうな理屈は口にしないし、自分の価値観を押し付けるわけでもない。運命によって与えられた人生を、ほろ苦いビールでも飲み乾すようにただ恬淡と受け入れるだけだ。失った過去への未練もなく、新たな夢への渇望もなく、ただあるがままのいまを楽しんでいる。 — 本書より引用

だがうまく若い主人を盛り立てながら、いいコンビとして訪れる人々をもてなす様子が素晴らしく、本の中ではあるが実際に訪れてみたいと思わせてくれる。

自殺願望を抱えて山を訪れた東京でOLをしている女性は、彼らに助けられやがて山小屋のスタッフとなる。ほかにも飼い猫と迷い込んでしまった少女、登山中に夫の訃報を受け取った女性などさまざまな人がそれぞれの人生を背負い、それぞれの理由があって山を訪れてくる。

私自身も登山に出かけるたび感じることであり、またよく耳にすることでもあるが、山というのは特別な場所で、多くの人がまっさらな素の状態になってしまう。

圧倒的な自然を前にすると、現代的な文明に取り囲まれた生活の中で武装されていた外側がすべてはげ落ちてしまうようなものかもしれない。

そのような環境下であるから梓小屋の面々と登山者との触れ合いは、都会での人間模様とは大きく異なるものとなり、それが本作の大きな魅力だ。

生きていくことを好きになるヒントをくれる

いくつかの場面でゴロさんが語る内容はとても胸にしみる。 とくに印象深かった箇所を2つほど引用。

つまりね、人生で大事なのは、山登りと同じで、自分の日本の足でどこまで歩けるか、自分自身に問うことなんじゃないのかね。自分の足で歩いた距離だけが本物の宝になるんだよ。だから人と競争する必要はないし、勝った負けたの結果から得られるものなんて、束の間の幻にすぎないわけだ

幸福を測る万人共通の物差しなんてないからね。いくら容れ物が立派でも、中身がすかすかじゃどうしようもない。ところが世の中には、人から幸せそうに見られることが幸せだと勘違いしてるのが大勢いるんだよ

日々の暮らしのなかで、受け取る情報、周囲の人間関係などにおいて、やはり相対的に比べてしまうことというのは多くなってしまう。

シーズン中は山で過ごし、都会に降りたらホームレスという超自然人として生きるゴロさんならではの説得力があり、こういう感覚を大切にして生きていけたらいいなと心から思う。

映画版「春を背負って」

本作品を読むきっかけは、「劔岳 点の記」という映画を撮った木村大作監督が、春を背負ってを原作とした映画を撮っているということを知ったことだった。

『劒岳〈点の記〉』新田次郎【読書感想・あらすじ】

劒岳〈点の記〉(新田次郎)のあらすじと感想。日露戦争直後、前人未到といわれ、また、決して登ってはいけない山と恐れられた北アルプス、劒岳山頂に三角点埋設の至上命令を受けた測量官、柴崎芳太郎。機材の運搬、悪天候、地元の反感など様々な困難と闘いながら柴崎の一行は山頂を目指して進んでゆく。

映画の前にまずは原作、と思って読んでみた。点の記とは時代も内容も異なるが素晴らしい山岳小説であった。

是非このまま映画も見てみようと思う。そして今年もたくさん山へと足を運ぼう。

著者について

笹本稜平(ささもと・りょうへい) 1951年千葉県生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務、フリーライターを経て、2001年『時の渚』で第18回サントリーミステリー大賞と読者賞を同時受賞。04年『太平洋の薔薇』で第6回大藪春彦賞を受賞。その他の作品に『越境捜査』『特異家出人』『未踏峰』『還るべき場所』『遺産』『その峰の彼方』などがある。 — 本書より引用

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