『きみはいい子』 中脇初枝 【あらすじ・感想】
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あらすじ
17時まで帰ってくるなと言われ校庭で待つ児童と彼を見つめる新任教師の物語をはじめ、娘に手を上げてしまう母親とママ友など、同じ町、同じ雨の日の午後を描く五篇からなる連作短篇集。家族が抱える傷とそこに射すたしかな光を描き出す心を揺さぶる物語。 — 本書より引用
本書の収録作品
- サンタさんの来ない家
- べっぴんさん
- うそつき
- こんにちは、さようなら
- うばすて山
虐待やいじめのトラウマがある方へ
物語のなかには、いじめや親による子どもへの虐待の描写が登場します。
私も、まだ「虐待」という言葉や概念が知られていなかった時代ですが、竹製のモノサシが粉々になるまで親に叩かれていたことを思い出します。
もう何とも思ってはいないつもりでしたが、いざその描写に差しかかると気持ちが「ヒュッ」と縮みあがります。
精神的な痛みが文章から伝わってくるのですね。
決して救いのないお話ではなく、人の優しさや温もりにふれることができる作品ではあります。
ただ、あまり状態のよくないときはよく休みながらゆっくり読み進めると良いかもしれません。
読書感想
いまこの時この瞬間に救いを求めている人がたくさんいる。 ページを開くたび、その思いに駆られた。 児童虐待、いじめ、学級崩壊、独居老人、障碍、介護。
ニュースなどで社会問題として取り上げられるようなテーマが五篇を通じて登場する。 ニュースに取り上げられる、つまりは多くの人が共感するであろう、あちこちで起こっている現実。
冒頭の「サンタさんの来ない家」、この物語がはじまってすぐに胸がぎゅっとなる。
無力な新米教師、いじめられる子ども、親に虐待を受けている子ども。いじめをする子どもや、教室でさわぐ子どもたちの背景にも胸がぎゅっとなる。
こどもは、ひとりひとり違う。ひとりひとりが違う家に育ち、違う家族に見守られている。そして、学校にやってきて、同じ教室で一緒に学ぶ。 — サンタさんの来ない家 P65
みんな違う。わかってる。
そんな、それぞれ違う彼ら彼女らに、どんな言葉をかけたらいいのだろうか。
30人、40人のそれぞれ違う子どもたち全員に等しく教育を届ける方法なんて実際にあるのだろうか?
全然だめな教師のぼく。けんかもいじめもとめられない、なさけないぼく。でも、この子のためだけにでも、がんばりたい。明日も学校に来よう。この子のために、来よう。 — サンタさんの来ない家 P71
この新米の先生は、経験もなければ特別な技術もない。
ぜんぶの生徒に行き届く教育なんてできやしない。
だけど、いまにも壊れてしまいそうな子どもたちをちゃんと見つけた。
ちゃんと見つけ、「きみはいい子」だと伝えた。
ひとりの人間が大勢を救うことはじっさい難しいこと。
だけど、いまこの瞬間に助けを求めているひとに手をさしのべることができたなら、それはすごいことだと思う。
いてもたってもいられず躊躇することなく手をさしのべる。
そんな気持ちを忘れてはいけない、と強く思わされた。
そして、本作品は、ふと救いの手をさしのべることができる人たちの物語でもある。
映像化作品
本書収録の五篇のうち、「サンタさんの来ない家」「べっぴんさん」「こんにちは、さようなら」の三篇をもとに脚本化された映像作品が2015年に公開されている。
監督は「そこのみにて光輝く」を撮った呉美保監督。
もともと同じ町を舞台とした連作なので、ひとつの物語として描かれることで、本書で気づかなかった登場人物たちの接点を発見する楽しみもありました。
脚本のみならず、尾野真千子、高良健吾、池脇千鶴など俳優さんたちの演技も素晴らしい素敵な映画作品です。
いちばん印象に残ったのは、「サンタさんの来ない家」に登場する「家族に抱きしめられてくる宿題」の場面。
本書でも素敵な場面なのですが、映画ではドキュメンタリーのような映像になっている。
演出を感じさせない雰囲気で子どもたちひとりひとりの表情や、高良健吾さん扮する新米先生と子どもたちの心が通いあう様子をじんわり表現するとても素敵なシーン。
以前読んだ「中脇初枝」作品
中脇初枝さんの著書は今回で2作品目。
以前読んだ「魚のように」は著者のデビュー作。
透明感のあるうつくしい文学作品で、著者の故郷・四万十川の流れのようにみずみずしい文章に魅せられた。
あらすじ:四万十川が流れる著者の故郷高知県中村を舞台に青春の時を過ごす少年少女を色鮮やかに描いた短篇集。著者のデビュー作となった表題作「魚のように」と「花盗人」を集録。 ――本書より引用 読書感想:読むキッカケ 深夜に某SNSのメッセージをぼんやりと眺めていた。フォローしてる方のひとりが真夜中に叫び
付箋を貼った箇所 引用
「虐待されたんでしょ? あたしもだよ。だからわかる。つらかったよね。」 — べっぴんさん P134
自分の体に刻まれたそのしるしを見るたびに、自分は、親に嫌われている、世界で一番わるい子だと思い知る。いくつになっても消えない。世界で一番わるい子のしるし。 — べっぴんさん P136
このぬくもりは、きっと、おばあちゃんのぬくもり。おばあちゃんから伝えられて、あたしに伝わってくる。 — べっぴんさん P138
すききらいやうっかりはともかく、優介のやることにはたいてい理由があった。それに気づくと、学校で目立ってしまうこどもたちにも、なんらかの理由があって目立ってしまうことがわかってきた。 — うそつき P152
こどもがふしぎな行動を取る背景には、こどもだけでなく、親の問題が隠れていることがある。 — うそつき P166
子どもは、見ている。大人のいいところも、わるいところも。目に見えたままを。 — うそつき P168
あの子がランドセルをゆらしながらあいさつをしてくれるとき、あの子の目にわたしが映っている間だけは、わたしがこの世に、まちがいなく生きていることを感じられた。 — こんにちは、さようなら P210
おかあさんじゃなくなってしまった今になって、わたしをかよちゃんと呼ぶ。おかあさんはずるい。 — うばすて山 P274
わたしはなにもかもおぼえているのに、おかあさんは自分のしたことを、なにもかも忘れてしまった。おかあさんはずるい。 —うばすて山 P278